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更新日:2012年1月4日

長久手に残るいいつたえ

三ケ峯のウワバミ

昔、岩作三ケ峯は樹木が生い茂る森で、その近くの農家の人々はこの山で鳥や獣、薪を取って暮らしていたそうです。
弘化四年(一八四七)のある日の夏の日、倉地滝蔵という若い農夫が、山に入って薪を取っていました。谷間で何か音がするので見てみると、身の丈一メートル五十センチほどもある蛇が兎をくわえていました。滝蔵は兎を助けようと蛇に近づいていきました。すると、蛇はみるみるうちに十メートルほどの大きさになり、滝蔵に向かってきました。大蛇は天高くかま首をもち上げ、今にも襲いかかろうとしたので、滝蔵はおそろしくなって逃げ帰りました。
村に戻った滝蔵は、大蛇との戦いの様子を岩作の画工樵玉に話しました。樵玉は「それはウワバミであろう。よく無事に帰ってきた」と言ったそうです。滝蔵は難を逃れたことをうれしく思い、樵玉に頼んでウワバミの有様を額面に写してもらうと、それを安昌寺に納めたそうです。 

うわばみ

長久手市役所から東へ数百メートルの安昌寺には、「三ケ峯のウワバミ」の額が今も大切に保管されている。ちなみに三ケ峯とは、現在の愛知県立芸術大学から愛・地球博記念公園にかけての一帯にあたる。

八左衛門の墓

今から約二百年前、寛政年間のことです。岩作村に八左衛門という男がいました。

八左衛門は大食いで、生まれつきの乱暴者。村人を殴ったり、酒に酔って田畑を荒らす悪行三昧だったので、村人も困っていました。

ある日とうとう、「八左衛門をこのままにはしておけんぞ」と、村の庄屋さんが村人に呼び掛けました。そして村人みんなが力を合わせて八左衛門をとらえ、首から下を地中に埋めました。それでも強情な八左衛門は、なかなか反省の色を見せようとはしませんでした。しかし、そのまま何日か過ぎるうちに体が衰弱してきて、そして、死ぬ間際にはついに改心したとみえ「首から上(頭、目、耳、鼻、口、歯)の病がある者はわしに祈れ、必ず直してやる」と言い残しました。

死に際にあっても詫びの言葉を出さなかったが、ありったけの詫びの気持ちが八左衛門を仏にしたのでしょう。その後、「八左衛門はたいへんな大食家だったでなあ」と村人は食べ物を供え、病気を治すためにお参りするようになり、お地蔵様が建てられました。

八左衛門

首から上の病気を治すと言われる「八左衛門の墓」。小さな祠に安置された小さな地蔵菩薩像で、長久手市役所から南西の田園地帯の一角に今もある。

お問い合わせ

くらし文化部生涯学習課 

電話:0561-56-0627(生涯学習係)・0561-63-1000(スポーツ係)

ファックス:0561-63-2100

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